親不知から直江津へ

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 親不知を起点に日本海を眺めつつ直江津まで走り抜けた。




親不知
 親不知海岸は日本海へ突き出た飛騨山脈が、波の浸食によって削られ生れたもだといわれている。
 以前からその親不知の海岸に下り立ってみたい思っていて、先月の白山の帰りに寄ってみたが、降りる道がわからず遊歩道から眺めただけで終わりにしてしまった。帰ってから調べてみると、海岸への降り口が車を止めた目と鼻の先であることがわかった。しかも数分で降りられるというのだ。
 親不知ICを降りR8号で富山方面へ向かう。天険トンネル手前の海岸側に建つ親不知観光ホテル前のトイレのある駐車場に車を止める。10台ほど置ける駐車場の隅から遊歩道の階段は始まっていた。





 海岸へ下り立つ最後の階段。




 昨日までの台風の影響で海は荒れていた。

 糸魚川方面 
 この波では歩けない。 





 富山方面 
 階段がつけられているから確かに道ではあるのだろう。




 親不知・子不知というくらいだから各自てんでんこに、波を除けつつ進むしかなかったのだろう。




 実は海岸へ降りる途中には北陸本線の旧トンネルがあって、2つのトンネルの間を通って海岸へ下りて行ったのである。

 糸魚川方面へとくりぬかれた旧風波隧道。沢の向こう側にあり近づくことはできない。





 

 R8号の天険トンネルと並行する旧親不知隧道。アーチ型のレンガ塀も当時のままで風格すら感じる。
 こちらは真っすぐに掘られていて反対側の光も見えている。向こう側まで行ってみようと入ってみたが暗くて足元が心もとない。すぐにあきらめたが、あとで調べると長さが500メートルもあり、先はヤブで覆われ展望なしとのこと。やめといてよかった。






 駐車場へ戻り、明治16年に切り開かれた天険開削道(今は親不知遊歩道)へ。

 荒波が打ち寄せる親不知海岸。その向こう見えるのは親不知ICと親不知漁港。





 写真ではわからないが能登半島が見えた。台風の大雨で土砂が海へ流れ込み海岸沿いの色が変わっている。






  糸魚川方面へ少し行った風波川河口右岸にある展望台から。

 

 親不知方面  
 遠くに新潟県最西端の港、市振漁港が望める。







 親不知の無人駅と海の上を通る北陸自動車道の高架橋。海岸は目の前にあり、時おり波の吹き上がるのも見られた。





糸魚川

 糸魚川日本海へ流れ込む姫川の、最下流に架かる姫川橋の西詰から頸城の山を望む。関東からはめったにお目にかかれない山岳風景だ。北陸新幹線は現在建設中だ。




 昼食はたまたま通りがかった「銭形」で食べた。

 たら煮定食 
 大き目に切ったスケソウダラを味噌で煮て、ネギのみじん切りを乗せただけのものだが、これが結構イケテル。看板には「名物」と銘打ってあったが、これが糸魚川名物という意味なのか銭形名物なのかはわからない。いずれにしても脂ののった冬の時季ならもっと美味いだろう。



 大エビとカキのフライ定食
 実に大きい。しっぽの部分の身だけでスーパーのフライの本体くらいはある。もちろんプリプリ。




能生白山神社
 次は能生の白山神社に水を汲むため立ち寄った。

 まずはここで手を清める。





 階段を上って鳥居をくぐり、





 茅葺の拝殿でお参りする。 





 拝殿の右奥に湧く、名水「蛇の口の水」。流しの床が赤く染まっているが、確かにこの水、水道水と比べると色がある。もしかすると霊験あらかたなる成分かもしれない。だがこれについてはどのHP・ブログも触れていないので問題ないのだろう。なんたって美味いし、汲んでいく人もひっきりなしだ。





 神社の裏手には旧北陸本線のトンネルが・・・。改修して歩行者と自転車の専用道になったいた。






弁天岩

 トンネルを抜けて海岸へと向かう。神社の背後に見えた灯台の立つ島へ行ってみる。





 その名は弁天岩。島自体がご神体的で、橋の背後の白山神社と対をなしていると思われる。





 中腹にある厳島神社。看板には先の白山神社末社と記してある。





 弁天岩灯台
  




 弁天岩からの能生漁港。






上越市

 岩礁テトラポットが多くなかなか海岸へ近づけなかったが、上越市へ入ってやっと広い砂浜が現れた。遠くの山は米山。





 引き潮が作り出す石と砂のオブジェ。





 関川の河口近くに架かる荒川橋の東詰から南南西を撮影。